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楽しく続けられる健康元気ブログ

散歩龍(nobu)です!気ままに腸内について書きますので、よろしくお願いします(^^)

幸せとは?なんだろう?

そもそも〜幸せとは何か?
 
幸せとは、自分自身の中に存在するものであり、感じるもの!

不幸な人とは、幸せを理性で捉えようとし、感じる事の出来ない人だよね


「自分は幸せかどうか?」

という問いに「幸せだ」と答えられないほとんどの人の幸せとは、脳みそで判断した

「理性から来る幸せ」

その幸せとは、その人の脳みそが解析した「理性の幸せ」であり、「感覚で捉える幸せ」ではない。

「理性の幸せ」を追い求めている青い鳥症候群人の幸せとは

「何かの出来事が起こる。その出来事を幸せな事と脳が解析すれば、幸せな出来事に分類され、同じ出来事を不幸な事と脳が解析すれば不幸な出来事と分類されている。」

同じ「目が見える」という事象でも、目の見えない状況に置かれた人が、もし目が見えるようになれば、人生最大の幸福と思うにもかかわらず、普通に目が見える人が「自分は不幸だ」という人がいる!

置かれている環境や状況が幸せや不幸を決めていると考えている。

自分の脳みそが決めているんだという事に気づいていない。

「本当の幸せは、自分自身の中にあるもので、幸せとは感じるものだ」

という事に気付いていない。

「理性の幸せ」が幸せという事なんだと思っている人は、幸せな事を無くすまで、その幸せに気づく事が出来ない。

目が見えなくなって初めて、目の見える幸せを感じるようになる。

「感じるようになる」

のである。

「考えるようになる」

のではない。

無くすまで気づけないから、その人は不幸なのだ。

無くすまで気づけないから、「自分は不幸だ」と考えているのだ。

不幸だ、と「考えて」いるのだ。不幸だ、と「感じている」のではない。

「金持ちになれば、幸せになるはずだ」

と考えている人は、金持ちになっても幸福にはなれない。

なぜなら、金持ちになっても、築いた財産を無くすまで幸せを感じれないからだ。

傍から見て、地位も名誉も財産もあり、何の不自由もない人がダメ人間になるのはこれが原因だ。

「理性の幸せ」が整っても、「感じる幸せ」を感じれないから、最高の環境を手に入れた今、これ以上どう努力すれば本物の幸せが手に入るか分からなくなり、絶望してしまうのである!

「本物の幸せとは、感じるものだ」

と気付いて、外的要因を整える努力をやめ、感じる努力をすれば、ダメ人間になくてもすむのに。

感じられるようになった時、外的要因も整っていれば、怖いほどに幸せを感じるはずだ。

幸福とは、感じるものであるので、お金の量といったような外的要因とは関係がない。

お金があればなおさら良いだけで、お金がなくても幸せはあり、感じる事が出来る。

目が見えないという状況に置かれて、全財産と引き換えに目が見えるようになるといわれれば、誰しも惜しむことなく、全財産を出せるはずだ。財産がなくなっても幸せと感じるはずだ。

感じる幸せ、本物の幸せには、お金の量といったような外的要因は関係がない。

外的要因が良くでも悪くでも、感じる幸せは常にある。だから、生きるか死ぬかの戦時中でも笑顔がある。

苦しい事や辛い事が、不幸な事ではない。

苦しい、辛いと思うような事があっても、それと幸せは別なのだ。

苦しくたって幸せな事には変わりはないのだ。

苦しくても、目の見える幸せがなくなってしまうわけではない。

元々の幸せの上に、苦しさが乗ってきただけである。

元々の幸せがあるから、ベースに幸せがあるから、その程度の事が辛い事のように思えるのだ。

その程度の事が辛いと思える状況というのは、大変幸せな事なのだ。

もっと、不幸な状況なら、その程度の事は気に留めている暇もないほど、大変な状況に追い込まれているのだ。

人間は、視覚が発達したがために、物事の判断のほとんどを視覚からの情報に頼っている。

人間は、脳みそが発達したがために、幸せを脳みそで判断しようとしてしまう。

人間は、感覚が大半を占めている動物的世界から、理性という、より高い世界を手に入れて、動物的感覚が鈍ってしまった。

動物には、「理性から来る幸せ」はない。

動物には、「感覚から捉える幸せ」しかない。


感覚で捉えた幸せというのは、自分自身の中にあるので、自分自身がこの世にいる限り、存在しているのだ。

「生きているだけで丸儲け」

なのである。

生まれたばかりの赤ちゃんから幼児期までは、まだ動物的な世界で生きているので、親に虐待され捨てられるような辛い状況でも生きていられる。

赤ちゃんは、泣き叫ぶほど辛い状況でも生きようとする。

生きている事を幸せと感じているから、幸せを維持するために生きようとするのだ。

泣き叫ぶほど辛い事と幸せは、感覚の世界では別次元の話なのだ。

理性を持った動物が人間だから、「理性で捉えた幸せ」という人間の脳みその中だけにある「空想の幸せ」を作り出して、もともと空想でしかない幸せが手に入らないといって、人間の脳みその中だけにある「空想の不幸」という概念を作り出して嘆いている。

感覚世界で生きている動物には、空想の幸せは存在しないから、空想の不幸も存在しないのだ!

人間の基本は動物なのだ。

動物という大きなベースの上に、わずかな大脳新皮質という理性があるのだ。

動物的感覚なくして、人間は成り立たない。

この世に生まれてきて最大の不幸は、幸せを感じる感覚を失った時だよね!

さあ〜小さな幸せ探しから始めよう!